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東京地方裁判所 平成5年(ワ)11566号 判決 1995年12月13日

原告

金井のぶ子

金井勝己

右両名訴訟代理人弁護士

田中富雄

藤原真由美

前川雄司

被告

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

日本における代表者

戸國靖器

右訴訟代理人弁護士

大江忠

大山政之

被告

株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役

若井恒雄

被告

ダイヤモンド信用保証株式会社

右代表者代表取締役

丹後忠次郎

右両名訴訟代理人弁護士

熊谷信太郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(以下「被告アリコ」という。)は、原告金井のぶ子(以下「原告のぶ子」という。)に対し、一億五〇五三万六〇〇〇円及びこれに対する平成元年七月二二日(保険料支払の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社三菱銀行(以下「被告三菱」という。)は、原告のぶ子に対し、四六三五万八九九八円及びこれに対する平成五年七月三〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告ダイヤモンド信用保証株式会社(以下「被告ダイヤモンド信用保証」という。)は、原告のぶ子に対し、四〇八万八一〇〇円及びこれに対する平成元年七月二二日(保証委託料支払の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告ダイヤモンド信用保証は、原告金井勝己(以下「原告勝己」という。)に対し、別紙物件目録記載一〜三の土地建物について別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。

五  被告ダイヤモンド信用保証は、原告のぶ子に対し、別紙物件目録記載一〜四の土地建物(以下「本件物件」という。)について別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。

第二  事案の概要

一  原告のぶ子は、被告三菱との間で融資契約を締結し、その借入金等を一時払保険料にあてて、被告アリコとの間で被保険者を原告のぶ子らとする合計五件の変額保険契約を締結したところ、これらの変額保険契約は、右融資契約と一体となった契約であり、契約の勧誘等に違法があり、公序良俗違反、詐欺、錯誤、不法行為があるとして、被告アリコ及び被告三菱に対する関係では、原告のぶ子が保険契約と融資契約の公序良俗違反による無効、錯誤による無効若しくは詐欺による取消しに基づく不当利得返還又は不法行為に基づく損害賠償を求め、被告ダイヤモンド信用保証に対する関係では、原告らが融資契約の右無効又は取消しによる被担保債権の不存在に基づく根抵当権設定登記の抹消登記手続を、原告のぶ子が保証委託契約の無効に基づく不当利得返還をそれぞれ求めている。

二  争いのない事実等

1  原告のぶ子は、被告アリコとの間で、平成元年七月二〇日ころ別紙保険契約目録記載五の内容を骨子とする保険契約(以下、同目録記載一〜五の内容を骨子とする保険契約をそれぞれ番号にあわせて「目録一の保険契約」等といい、同目録記載一〜五の保険契約をあわせて「本件保険契約」という。)を、同月二〇日目録一〜四の保険契約をそれぞれ締結した(契約日及び被告三菱との関係で甲二〜六、原告勝己一回)。

右同日、原告のぶ子は、被告三菱との間で、二億円を最終弁済期平成三一年七月二六日、当初利率年5.7パーセント(長期貸出最優遇金利を基準とした変動利率)の約定で借り入れる契約をし(弁済期、金利について乙九の1、2。以下「本件融資契約」という。)、同月二一日右契約に基づき二億円が原告のぶ子の被告三菱新宿支店普通預金口座(以下「原告のぶ子新宿支店口座」という。)に振り込まれた。同日、原告のぶ子は、被告アリコに対し、本件保険契約の保険料を支払い、うち目録一〜四の保険契約の保険料合計一億四五二九万八〇〇〇円は原告のぶ子新宿支店口座から振替送金して支払われた。

同月二〇日、原告のぶ子は、被告ダイヤモンド信用保証との間で、原告のぶ子の被告三菱に対する本件融資契約に基づく債務につき保証極度額二億円とする保証委託契約を締結し(被告アリコとの関係で甲七、乙一一の1、2、原告勝己一回。以下「本件保証委託契約」という。)、保証委託取引等に基づいて原告のぶ子が被告ダイヤモンド信用保証に対して負う債務の担保として、原告勝己は同人所有の別紙物件目録記載一〜三の土地建物について、原告のぶ子は同人所有の同目録記載四の土地について、それぞれ極度額二億二〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し(以下、この根抵当権を「本件根抵当権」という。)、右設定契約に基づき別紙登記目録記載の根抵当権設定登記がされた。原告のぶ子は、被告ダイヤモンド信用保証に対し、同月二一日本件保証委託契約の保証委託料として四〇八万八一〇〇円(事務手数料、消費税込み)を支払った(被告アリコとの関係で甲八、乙八)。

2  木村滋(以下「木村」という。)は、本件保険契約及び本件融資契約締結当時被告アリコの外務員であった(証人木村)。

和泉剛(以下「和泉」という。)は、本件保険契約及び本件融資契約締結当時被告三菱新宿支店の従業員であった。木村は、原告らに本件保険契約の締結を勧めるに当たり、保険会社が作成し登録した資料以外の資料である運用成績が年九パーセントや一二パーセントの場合のみが記載された資料(甲九〜一二)を使用して説明した。

三  原告の主張

1(一)  被告アリコと被告三菱が、本件保険契約と本件融資契約を「ペイ・フリー型相続対策」名の下に相続税対策として一体のものとして原告らに対し勧誘・説明した事情があり、かつ、銀行員和泉の右説明に対する信頼を基礎として本件保険契約が締結されたものであるから、本件融資契約と本件保険契約は社会的・経済的に不可分一体であり、本件保険契約の違法は本件融資契約に引き継がれるという関係にある。そして、以下の違法事由により、本件保険契約と本件融資契約は公序良俗に反し無効である。

(1) 契約目的の違法

本件保険契約と本件融資契約は、原告ら所有不動産の担保価値を利用して、被告アリコが被告三菱から巨額の一時払保険料を引き出し、被告三菱が原告のぶ子から巨額の利息金を収奪した上で、その運用リスクは原告らに一方的に負わせるという暴利の目的がある。また、変額保険契約と融資契約が一体となった融資一体型変額保険は、財テクであって保険本来の目的を逸脱している。

(2) 変額保険自体の脱法行為性

変額保険は、保険料を信託業務に投資するものであるから、保険業法五条一項本文で禁止される保険会社の信託業務の兼業に当たる。

変額保険の解約の際に返戻金が保険料より少なくなるときは、差額を保険会社が取得したものとして、信託法二二条で禁止される信託財産の所有権取得と同視でき違法である。

受益者保護のため信託業法七、八条が定める国債供託義務・受益者の優先権や同法九条が定める損失補填・利益補足の特約が、変額保険には何ら定められていないから違法である。

変額保険は、保険料の一部を特別勘定として運用しているが、特別勘定の運用成績の計算方法は複雑で、審査手段がないことから、保険会社の恣意的操作の温床となるおそれがあり、証券取引法五〇条一項三号のいわゆる一任勘定取引に該当し、同法の潜脱である。

被告らは大蔵省が認可した保険であることを理由として変額保険の脱法行為性を否定するが、大蔵省認可前の保険審議会の昭和六〇年五月答申では、従来の定額保険との違いから消費者との間にトラブルが生じるおそれがあり、変額保険に関する運用規則、ディスクロージャー、募集体制については証券投資信託における諸規則との関係に留意することが必要である旨指摘され、かつ、大蔵省銀行局保険部長は、保険金が資産運用の成果によって増減するという仕組みは従来の定額保険に慣れている顧客にとって非常に目新しいものがあり、正確な理解が得られないまま顧客に売り込むとトラブルを生ずることになる旨指摘している。右指摘のような認識があるにもかかわらず、具体的な規制立法をせず、通達で募集上の禁止行為等を示したのみで認可に踏み切ったというのが実体であって、大蔵省の認可をもって変額保険の脱法行為性を否定することはできない。

(3) 契約方法(募集・勧誘)の違法性

本件保険契約締結に至るまでの被告アリコ及び被告三菱の勧誘は、以下のとおり、保険募集の取締に関する法律(以下「募取法」という。)違反、募取法の趣旨を踏まえた「変額保険募集上の留意事項について」と題する大蔵省の昭和六一年七月一〇日蔵銀第一九三三号通達(以下「留意事項通達」という。)の禁止行為に該当し、又は信義則(民法一条二項)上要求される説明義務に違反しているから、本件保険契約及び本件融資契約は無効である。

(イ) 被告アリコの変額保険の危険性の説明義務違反

被告アリコは、原告のぶ子に対し、契約のしおりを契約前に交付し、生命保険協会の自主規制として顧客に説明することが要求されている①保険金額と基本保険金(最低死亡保証額)との関係②資産運用方針・投資対象③特別勘定資産の評価方法④特別勘定の運用実績(以下「運用成績」という。)が0、4.5、9パーセントの各場合についての保険金額の試算例⑤解約返戻金及び満期保険金額に最低保証がないこと等を説明し、変額保険が定額保険と違って投資リスクを契約者に負わせるものであり、変額保険の解約返戻金と満期保険金には最低保証がなく運用成績がマイナスになる可能性があることを十分に理解できるよう説明すべき義務がある。木村は変額保険の危険性について右の説明をしなかった。

(ロ) 木村の、将来の運用利益に関する断定的判断の提供

木村は、運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇していくはずで、将来の運用成績が借入金利を下回ることはない旨断定的判断を提供して、勧誘した。

(ハ) 和泉の、将来の運用成績と土地価格に関する断定的判断の提供

和泉は、土地は確実に値上がりするから、根抵当権の枠も広がり金利分は更に借り入れることができ、借入金を自己資金で支払う必要はない旨断定的判断を示して、本件保険契約及び本件融資契約の勧誘をした。

(ニ) 私製資料の使用

木村は、生命保険協会の自主規制で禁止されている保険会社が作成し登録した所定の資料以外の資料(以下「私製資料」という。)である運用実績が九パーセントや一二パーセントの場合のみが記載された資料(甲九〜一二)を使用して説明した。

(ホ) 被告アリコの当時の運用成績の告知義務違反

また、木村は、契約当時の運用成績を原告らに告知すべき義務があったのに告知しなかった。

(ヘ) 被告アリコの当時の運用成績に関する内容虚偽の説明

木村は、契約当時の運用成績が九パーセント以下であり、長期低落状況にあることを知りながら、九パーセントと一二パーセントは控え目な数字でこれまでは大体一〇パーセントの後半から二〇パーセント以上である旨内容虚偽の説明をした。

(ト) 融資一体型特有の危険性の説明義務違反

本件保険契約と本件融資契約が「ペイ・フリー型相続対策」の名の下に一体のものとして原告らに対し勧誘・説明がされ、銀行員和泉の右説明に対する信頼を基礎として原告らが契約締結に至ったという事情の下では、本件保険契約及び本件融資契約は相続税対策として一体のものととらえるべきものであり、被告アリコには、相続税対策としての本件保険契約と本件融資契約の有効性について説明する義務がある。特に借入金によって加入された変額保険契約は、借入金利を支払って余りある運用成績がないとマイナスになるという点で、自己資金で加入する変額保険より一層危険性が高いから、保険契約締結に際しては融資一体型特有の危険性の説明が必要である。具体的には、運用成績と借入金利が単純に比較できないことを説明したり、原告のぶ子が所有している不動産から予想される相続税額を示して運用成績0や4.5パーセント以下の場合を含むシミュレーションと借入元利金を対比したりするなどして、相続時には死亡保険金又は解約返戻金と借入残高の高低によって元本割れ(負債が上回る結果の意味に使う。以下同じ。)の危険が生じ得ること、その結果守ろうとしている資産を手放さなければならない現実的危険性があることを正しく理解できるよう説明する義務(以下「融資一体型特有の危険性の説明義務」という。)がある。木村は、右説明義務を怠った。

(チ) 被告三菱の説明義務違反

被告三菱にも、相続税対策としての融資一体型変額保険の融資契約を行う者として、被告アリコと同様の融資一体型特有の危険性の説明義務を負う。

そこまで至らずとも、被告三菱には、変額保険の説明に立ち合い保険料の融資を行う者として、原告のぶ子が加入しようとしている変額保険の運用成績として示されている九、一二パーセントの数値が予想数値であり、元本割れになることも現実にあることを説明し、その場合にどう借入金を返済するのか注意を促すべき義務があるのに、和泉は右説明義務を怠った。

(リ) 適合性の原則違反

本件保険契約が多額の保険料を要し元本割れの危険性のある商品であり、本件融資契約の元金が大きく利息が高利であることと、原告らの収入、資産、年齢、社会的地位を対比すると、本件融資契約と一体となった本件保険契約は原告のぶ子にとって過大な危険を伴う契約であり、これを積極的に勧誘して締結させることは適合性の原則に違反する。

(4) 一方的かつ甚大な被害

経済状況の悪化、バブルの崩壊による本件保険契約の運用成績の悪化、本件融資契約の借入利率の上昇により、原告のぶ子は二億円の借入元金と年間一五〇〇万円を超える支払利息を債務とされ、原告らは本件土地建物に極度額二億二〇〇〇万円の根抵当権を設定されたまま身動きがとれない状況にある。他方、被告らは経済状況の悪化・バブルの崩壊による被害を全く受けないでいる。

(5) 深刻な社会問題化

バブル経済のあおりを受けた経済状況の下、相続税対策に悩んだ多くの人々が本件保険契約や本件融資契約による原告らの被害と同様の被害を被り大きな社会問題となっている。銀行融資と一体となった変額保険契約の問題について、鏡味大蔵省銀行局保険部長は、平成五年三月六日衆議院予算委員会において、保険本来の趣旨を逸脱した保険料ローンの提携の自粛を保険会社に要請した旨の答弁を行っている。本件保険契約と本件融資契約の違法性判断は、原告らと被告らの個別的な利害の衝突の問題として考慮するのでなく、融資一体型変額保険契約の社会的広がりの大きさと深さを考慮してされる必要がある。

(二)  原告のぶ子は、被告三菱に対し、本件融資契約に基づく利息金として四六三五万八九九八円を支払った。

2  本件保険契約と本件融資契約は原告のぶ子の錯誤により無効である。

原告のぶ子は、木村と和泉から、本件融資契約と本件保険契約が相続税対策になる、運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇していくはずで、将来の運用成績が銀行金利より必ず上回って解約返戻金で相続税の支払が可能である、五、六年すれば運用益を担保として契約者貸付けによる貸付けを受けられる旨勧誘を受けたため、本件融資契約と本件保険契約が相続税対策になる、運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇していくはずで、保険の運用成績が銀行金利より必ず上回って解約返戻金で相続税の支払が可能である、五、六年すれば運用益を担保として契約者貸付けによる貸付けを受けられる旨誤信して、本件保険契約と本件融資契約を締結した。

右は契約の要素の錯誤であるから、右錯誤により本件保険契約と本件融資契約は無効である。

3  本件保険契約と本件融資契約は被告らの従業員の詐欺により締結されたものである。

(1) すなわち、木村は九〜一二パーセントという数字が予想にすぎず右運用成績を保証する趣旨でないことや運用成績と借入利息が単純に比較できないことを説明したり、原告のぶ子が所有している不動産から予想される相続税額を示して運用成績0や4.5パーセント以下の場合を含むシミュレーションと借入元利金を対比したり、相続時には死亡保険金又は解約返戻金と借入残高の高低によって元本割れの危険が生じ得ること、その結果守ろうとしている資産を手放さなければならない現実的危険性があることを正しく理解できるよう説明すべきであるにもかかわらず、右説明をしなかった。和泉は木村の勧誘・説明の際に同席していたのに、直接・間接に木村の勧誘に同調して、何ら訂正、補充を求めなかった。

木村と和泉の右欺岡行為によって、原告のぶ子は、本件保険契約と本件融資契約が、運用実績が借入金利を必ず上回り、相続時には元本割れや資産を手放さなければならなくなることはないものと誤信して、本件保険契約と本件融資契約を締結した。

(2) 木村は、契約当時の運用成績が九パーセント以下であり、長期低落状況にあることを知りながら、九パーセントと一二パーセントは控え目な数字でこれまでは大体一〇パーセントの後半から二〇パーセント以上である旨内容虚偽の説明をした。和泉は、木村の右説明の際に同席していたのに、直接・間接に木村の勧誘に同調して、何ら訂正、補充を求めなかった。

木村と和泉の右欺罔行為によって、原告のぶ子は、九パーセントと一二パーセントは控え目な数字でこれまでは大体一〇パーセントの後半から二〇パーセント以上の運用実績である旨誤信して、本件保険契約と本件融資契約を締結した。

(3) 原告のぶ子は、被告アリコ及び被告三菱に対し、平成六年二月二二日の本件口頭弁論期日において、本件融資契約及び本件保険契約を取り消す旨の意思表示をした。

4  木村の1(一)(3)(イ)(ロ)(ニ)〜(ト)(リ)の信義則上要求される説明義務違反・断定的判断の提供・適合性の原則違反による勧誘と和泉の1(一)(3)(ハ)(チ)(リ)の信義則上要求される説明義務違反・断定的判断の提供・適合性の原則違反による勧誘は、共同不法行為に当たる。

被告アリコに支払った保険料額、被告三菱に支払った利息金額及び被告ダイヤモンド信用保証に支払った保証料等額の合計が右共同不法行為と因果関係にある原告のぶ子の損害となるが、被告アリコに対しては払込保険料相当額のみ、被告三菱に対しては利息金相当額のみ内金請求をする。

四  被告アリコの反論

1  変額保険は、昭和六〇年五月に大蔵省が発売を許可し、昭和六一年一〇月から各生命保険会社が販売を開始したものである。変額保険発売に先立って保険業法施行規則の改正が行われ、変額保険の保険料の一部を他の財産(一般勘定)と分別して特別勘定として運用し、この運用には一般勘定に属する資産に関する大蔵大臣の財産利用規制も適用しないことが明確化された。このような大蔵省の認可、保険業法施行規則の改正等の経緯に鑑みれば、変額保険自体が違法であるとの主張は成り立たない。

また、本件融資契約と本件保険契約が一体であるとの主張は争う。被告アリコと被告三菱の間には業務提携関係はなかった。

2  木村は、原告らに対し、変額保険は保険料を特別勘定として保険会社が株式等の有価証券市場で運用し、その損益が保険契約者に帰属すること、保険金額は運用成績の高低によって一定していないこと、将来どのような運用成績になるかは株式市場の動向によること、株式市場の動向によっては保険料を下回る可能性があることを説明した。

運用成績九、一二パーセント、支払利息5.7パーセントの場合の試算例を記載した甲九〜一二号証の資料を使用したことは認める。ただし、木村は、これらの資料に記載された数値は仮定の数値である旨説明した。

木村は、運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇していくはずで、将来の運用成績が借入金利を下回ることはない旨述べたことはない。当時の運用成績はマイナスではなく、運用成績が悪化していた状況はない。融資一体型特有の危険性の説明義務なるものは争う。なお、木村は、原告らに対し、本件保険契約と本件融資契約が相続税対策となるのは、株価と地価が上昇し続けた場合に膨張する相続税を軽減するのに有効となるものであり、すべての経済状況において妥当することを念頭においたものではないことを説明していた。

五  被告三菱・被告ダイヤモンド信用保証の反論

1  被告三菱は、原告のぶ子と本件融資契約を締結しただけであり、原告らに対し変額保険の説明、勧誘はおろか、保険会社の紹介すらしていない。また、被告アリコと被告三菱が変額保険について業務提携関係にあった事実はない。本件融資契約と本件保険契約が不可分一体であり、本件保険契約の有効・無効が本件融資契約に影響を与えるとの主張は争う。

2  和泉が、土地は確実に値上がりするから、根抵当権の枠も広がり金利分は更に借り入れることができ、借入金を自己資金で支払う必要はない旨勧誘したとの事実は否認する。和泉は、原告のぶ子が変額保険に加入することを決意した後に原告らに会ったものであって、本件保険契約や変額保険一般について勧誘したことはない。

3  被告三菱が融資一体型特有の危険性の説明義務なるものを負うとの主張は争う。また、被告三菱が、運用成績九、一二パーセントの数値が予想数値であり、元本割れになることも実現にあり得ることを説明し、その場合にどう借入金を返済するのか注意を促すべき義務があるとの主張も争う。変額保険のように販売資格が法律によって限定されている商品について、販売資格を有しない被告三菱がその商品の説明義務を負うということは法理上あり得ない。

六  主要な争点

1  本件保険契約と本件融資契約は、暴利の目的等の事由により一体として公序良俗違反となるか。

2  変額保険自体が脱法行為であることにより、本件保険契約が公序良俗違反となるか。

3  本件保険契約と本件融資契約の勧誘・説明に原告ら主張の違法性(少なくとも不法行為と評価される程度の違法性)があるか。その勧誘・説明の違法性により本件保険契約や本件融資契約が公序良俗違反になるか。又は不法行為となるか。

4  本件保険契約と本件融資契約は原告ら主張の錯誤により無効か。

5  本件保険契約と本件融資契約は原告ら主張の詐欺によるものか。

第三  当裁判所の判断

一  証拠(甲一〜一二、一五、一六、二四〜二七、乙三、丙一、二、証人木村、証人和泉、原告勝己一、二回)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告のぶ子は大正一〇年八月三〇日生まれで本件保険契約締結当時六八歳であった。原告勝己は昭和二八年九月一九日生れで原告のぶ子と亡金井大次(以下「大次」という。)の長男(契約時三五歳)、佐久間洋子(以下「洋子」という。)は昭和一六年九月一二日生まれで同長女(契約時四七歳)、小野則子(以下「則子」という。)は昭和二三年六月一三日生まれで同次女(契約時四一歳)、粕谷清美(以下「清美」という。)は昭和二六年八月一日生まれで同三女(契約時三八歳)であった。

原告勝己は、武蔵工業大学工学部建築学科を卒業して建設会社に勤務し、当初六年ほど現場監督をした後、本社で建築の見積りの仕事をし、一級建築士の資格を持っていた。

大次は、別紙物件目録記載二〜四の土地建物(以下「自宅の土地建物」という。)とその周辺に合計約一二五〇坪の土地を所有し、昭和四六年ころ土地の一部に株式会社富士銀行からの借入れにより杉森荘というアパート(以下「杉森荘」という。)を建築した。大次は昭和五一年に死去し、遺産分割協議の結果、約一二五〇坪の土地の約半分と自宅の土地建物と杉森荘を原告勝己が、他の土地は原告のぶ子と原告勝己の共有又は原告のぶ子、原告勝己、洋子、則子及び清美の共有とし、相続税関係の費用が原告勝己は一七三五万円、洋子ら原告勝己の姉三人は合計二五二万円必要であったため、原告勝己らは大次の土地のうち二五〇坪の駐車場を売却して支払の資金を作った。右相続の当時、原告のぶ子は原告勝己の妻と子供二人と共に別紙物件目録記載二の建物(以下「自宅」という。)に同居していた。原告勝己の姉三名はそれぞれ結婚して自宅にはいなかった。

2  原告勝己は、大次の相続時に他の相続人の中心となって相続税の支払をして、相続税の支払が大変であるとの印象を持ち、原告のぶ子が死去した場合の相続税の支払に備えて、借入れをすれば資産を圧縮して相続税対策になるかもしれないと考え、昭和五五年ころ銀行から借入れをして杉森ハイツというアパート(以下「杉森ハイツ」という。)を建築した。

原告勝己は、本件保険契約締結以前一〇年来駐車場や杉森荘、杉森ハイツからの賃料収入(年約一〇〇〇万円)等についての確定申告を毎年税理士の江田寛(以下「江田税理士」という。)に依頼していた。江田税理士は公認会計士の資格も有している。原告勝己は、昭和六三年二月の確定申告の打合せの際、江田税理士に対し、原告のぶ子が死亡した場合の相続税対策について、これ以上アパート建築をするのもアパートの管理が大変だと相談した。江田税理士は、原告勝己に対し、アパート建築は管理や手入れが大変だからあまり勧められない、手間の掛からない相続税対策として今売り出されている生命保険がある、その保険に詳しい人から話を聴いてみるかと尋ね、原告勝己は江田税理士に紹介を依頼した。

3  同年一〇月、木村は、江田税理士の紹介を受けて、原告勝己宅を訪問した。木村は、昭和六三年九月に変額保険販売資格を取得し、昭和六三年五月ころから江田税理士に変額保険による相続税対策の説明をし、相続税対策を必要とする顧客を紹介してくれるよう依頼していた。江田税理士の紹介で保険契約の成約に至った場合には、保険会社から支払われる手数料等を江田税理士と木村及び青山ファイナンシャルステーションとで折半する約束であった。

その後、原告のぶ子や洋子、則子、清美(以下「家族」ということがある。)らは、変額保険加入やそのための融資契約について原告勝己にすべて任せていたことから、専ら原告勝己が木村の説明を聞き、昭和六三年一〇月から契約締結までの間、木村と原告勝己は約一〇回原告勝己宅や会社で会い、木村は原告勝己に対し本件変額保険について説明をした。その説明の主要な内容は以下のとおりである。

木村は、原告勝己に対し、「PF型相続対策・ファイナンスプラン」と題するパンフレット(甲九。以下「資料1」という。)を交付して、資料1の三枚目「PF型相続対策・ファイナンスプラン仕組図」(別紙参照。以下「仕組図」という。)を示して、路線価が上がると相続税対策をしないと大変なことになる、不動産による担保力と変額保険の運用力を利用して、借入れにより現金なしに相続税対策をすることができる旨本件保険契約の勧誘をした。そして、現在の税制では、原告のぶ子が子供を被保険者として契約すると払込保険料が課税評価額となるから、保険資産(解約返戻金)と保険料の差額分が含み益として残る点と、借入金と年々増加する利息が相続財産を圧縮する点で相続税対策として有効である旨説明した。保険料は銀行からの借入れをし、利息も借入れするから身銭を切らなくていい、資料1の「PF」とは「ペイ・フリー」の頭文字のことであり、現金を支払わなくていいという意味である旨説明した。

仕組図には、その説明として「一方、変額保険の資産価値は、運用により増大し、数年間の運用で返済原資が確保される見込です」との記載がある。また、資料1の四枚目「PF型相続対策・ファイナンスプラン要項」(別紙参照)には別紙のとおり「毎年増大する借入金の返済原資は、変額保険の数年間運用で確保される見込である。差益は含み益となる」「保険資産を相続税支払原資とする場合、長期分納とし利子税率(実効ベース)と運用利率の利ザヤが得られる」「相続税原資への流用可。但し、変額保険の運用によっては、借入金全額返済原資を割る場合あり」との記載がある。

木村は、定額保険の場合には、保険契約者が保険会社に払い込んだ保険料を保険会社が株式・債券等で運用しても、保険契約者や保険金受取人が享受できる利益は利息・配当などのいわゆるインカムゲインだけであるが、変額保険の場合、株式・債券の値上がり等によるいわゆるキャピタルゲインも死亡保険金、解約返戻金に反映し、保険契約者はキャピタルゲインによる利益の還元を受けることができる旨説明した。また、変額保険の場合、保険契約者から受け取った保険料の大部分を特別勘定として保険会社が株式投資に充てるため、株価の変動によって解約返戻金の額が連動して影響を受け、株価が急落した場合には解約返戻金も下がり、払込保険料を割ることもある旨説明した。

原告勝己が保険料を株式投資で運用する方法を尋ねたところ、木村は、保険会社によって運用手段は違うが、ほとんどの国内外の株式・債券で運用されており、被告アリコでは日興證券のファンドマネージャーが扱っているから大丈夫である等と説明した。また、木村は、原告勝己に対し、現状の株価を考えると、戦後長期的に上がってきたように今後も右上がりに上がって行くのではないか、株価が上がれば当然それに伴って経済も良くなり地価も上昇するのではないか等と述べた。

4  木村は、青山ファイナンシャルステーションにおける外務員や代理店の従業員らの会議で被告アリコの現状の運用成績が年一八〜二〇パーセント程度であると認識していた。木村は、原告勝己に対し、運用成績は一〇の後半から二〇パーセント程度であったときもあり、九パーセントや一二パーセントは控え目な数字である旨説明していた(証人木村は右発言をしたかについて明言していないが、当時の運用成績について一八から二〇パーセント程度であると認識していた旨供述していること、原告勝己は木村が一〇の後半から二〇パーセント程度で運用していた時期もあり九や一二は控えめな数字である旨説明した旨供述していることから、右発言をしたと認められる。)。

木村は、運用成績が0や4.5パーセントの場合に、一〇年後や二〇年後に解約返戻金が幾らになるか、借入金利を5.7パーセントとした場合、利息を含めた借入金の全体額を下回らないためには運用成績が最低年何パーセント以上必要であるか等の説明は特にしなかった。

(なお、証人木村は、契約前に同行した山本某が原告勝己に対し契約前に運用成績が0や4.5パーセントの場合に一〇年後や二〇年後の解約返戻金が幾らになるか計算した試算表を交付しているはずである旨供述しているが、一方でその交付を確認したわけではない旨供述していること、原告勝己が受け取っていない旨供述していることと対比して信用できない。)

5  木村は、原告らの紹介を受けてから、原告勝己宅を訪問する度に江田税理士と連絡をとり、原告勝己に渡す資料や説明内容の相談したり、渡す資料と同じものを交付したりしていた。江田税理士は、平成元年三月一〇日ころ木村に対し、金井家の資産から考えられる相続税対策としての払込保険料総額は一億四〇〇〇万〜一億五〇〇〇万円である旨告げた。また、江田税理士は木村に原告らの家族構成と生年月日を教えた。そこで、木村は、その保険料の総額を家族に割り振って、「PF型相続対策・ファイナンスプラン設計書」と題する書面(甲一〇。以下「設計書1」という。)を作成した。設計書1には、被保険者の「年令」「契約者との関係」欄にそれぞれ四七歳長女、四〇歳次女、三七歳三女、三五歳長男とワープロで打ち込まれ、「氏名」欄に順に洋子、則子、清美、勝己と手書きの書込みがあり、「死亡保障額」欄に長男三億円、長女、次女、三女各一億円、「保険料」欄に長男七一六九万一〇〇〇円、長女二八三三万八〇〇〇円、次女二二九四万一〇〇〇円、三女二一〇二万二〇〇〇円、合計一億四三九九万二〇〇〇円と記載されている。また、設計書1には、投入保険料一億四三九九万二〇〇〇円、当初借入金一億四四七九万円、支払利息を年5.7パーセント、運用成績を年九パーセント又は一二パーセントとした場合の契約から一二年後まで一年刻み、一五年後から三〇年後まで五年刻みの相続時の借入金累計及び被保険者ごとの解約返戻金額等の試算表が「PGプラン計画表」として添付されている。

木村は、原告のぶ子らが自宅周辺の土地一〇〇〇坪程度を所有していること、江田税理士から払込保険料総額について右のように聞いたことから、原告のぶ子所有の不動産の時価は五億円程度であろうと推測したが、江田税理士から、金井家の資産の所有関係や具体的な坪数、正確な評価額、原告のぶ子死亡時の予想される相続税額等は告げられず、また、家族の氏名を聞くことはできなかった。

木村は、原告勝己に対し、設計書1を交付して、江田税理士から聞いた原告のぶ子の資産内容を前提としたプランである旨説明した。

木村は、原告のぶ子が死亡した場合にどのくらいの相続税が掛かるか、本件保険契約と本件融資契約を締結すると相続税対策としてどの程度有効なのか等について、具体的数字を挙げて試算したことや説明したことはなかった。

健康診査後、則子と清美の誕生日が来たため、同年七月一〇日ころ、木村は年齢にあわせた企画書(甲一二。以下「設計書2」という。)を作り直して原告勝己に交付した。設計書2には、被保険者の氏名、生年月日、性別、年令、基本保険金額、保険料が記載された頁があり、保険料合計一億四五二九万八〇〇〇円と記載されている。また、設計書2には、投入保険料を一億四五三〇万円、当初借入金一億四六三〇万円、支払利息年六パーセントとし、契約から六年後までは一年刻み、一〇年後から三〇年後までは五年刻みで、相続時の借入金累計及び運用成績を年九パーセントとする被保険者ごとの解約返戻金額等の試算表が「PFプラン計画表」として添付されている。

設計書2を交付した後、木村は、原告勝己から運用成績年一二パーセントの場合を試算したものも見たい旨要望されたので、運用成績年一二パーセントの場合を併記した試算表(甲一一。以下「設計書3」という。)を作成して原告勝己に交付した。設計書3は、設計書2の表紙や「生命保険契約形態」、「被保険者」等の頁に相当するものはなく、設計書2と保険料、当初借入金額、利息を同じに設定した試算表に運用成績年九パーセントと一二パーセントの場合を合わせて記載したものとなっている(なお、原告勝己は、木村は設計書3を七月一〇日ころ持参した後契約直前に設計書2を持参したもので、自分が一二パーセントの記載のあるものを要求したことはない旨供述しているが、信用できない。)。

6  木村は、原告勝己に対し、保険料支払のための融資に関しては、毎年支払う借入利息も最初に一括して借入れできる旨説明していたところ、原告勝己から利息まで本当に貸してくれるのか等と質問されていた。木村は、以前被告アリコの変額保険について融資契約を取り扱ったことのある被告三菱新宿支店を紹介すると言い、同年六月、被告三菱の新宿支店の和泉を連れて、原告勝己宅を訪れた。

和泉と木村が原告勝己宅を訪れた際、和泉から原告勝己にされた説明の主な内容は以下のとおりである。

和泉は、原告のぶ子と原告勝己が横浜市鶴見区の土地を一〇〇〇坪くらい所有しているという事を前提として、土地を担保にして設計書1に記載されている保険に加入する場合の払込保険料一億五〇〇〇万円程度の借入れは可能であること、その際保険料以外の数年分の利息を同時に借り入れることも可能であること、その場合原告らの自宅等二億円程度の評価物件を担保物件とすることになること、利息は長期貸出最優遇金利を基準とする変動利率であること、元本は据置きで、利息は毎年返済することになること、元本・利息の返済は変額保険の死亡保険金や解約返戻金が原資となること、保険料以外の利息分の借入金を定期預金等で運用する方法があること等について説明した。また、和泉は、原告勝己に対し、変額保険のために借入れを行うことで相続財産の評価を下げ相続税対策となるという説明をした。

(なお、原告勝己は、和泉が同席したときに、木村が本件保険契約と本件融資契約が手持資金不要の相続税対策である旨の説明をした後、和泉が同じことを言い、被告アリコとペアで幾つもやった、変額保険の保険料を融資するのは被告三菱の溜池支店と新宿支店のみである等言った旨供述し、甲二五(原告勝己の陳述書)にも同旨の記載があるが、証人和泉、証人木村の供述と対比して直ちに信用できない。)

7  原告勝己は、江田税理士とも相談の上、同年六月ころ本件保険契約をすることを決意し、家族と共に六月二一日に健康診査を受けた。

(なお、原告勝己は、江田税理士には一度だけ相談し、生命保険はメンタルな部分があるから家族の意思統一が重要である旨言われたのみで、それ以外具体的なアドバイスは受けなかった旨供述している。しかし、原告勝己が江田税理士に一〇年以上家賃収入等の確定申告を依頼していたこと、原告勝己が江田税理士にアパート建築以外の相続税対策について相談を持ち掛けたことがあること、木村が江田税理士の紹介で原告勝己と会うに至ったこと、本件融資契約後被告三菱に対し利息分として借り入れた分をMMCから大口定期預金に変更するよう要求した際に江田税理士を仲介者としていること、原告勝己が最初に変額保険の説明を受けて契約するまで八か月以上もの間保険に加入するべきかどうか検討し、何度も納得できない点について木村の説明を受けていること等を総合すると、原告勝己が江田税理士に具体的なアドバイスを受けずにいたとは考えにくく、また、証人木村は原告勝己宅を訪問する度に江田税理士と連絡をとり、原告勝己に渡す資料の相談をし、その資料と同じものを交付したり、原告勝己の家族構成や資産から考えられる払込保険料額を聞いたりし、原告勝己が木村の説明の後に「江田先生と相談する」等と言っていた旨供述していることと対比すると、原告勝己の前記供述部分は信用できない。)

8  和泉が最初に原告勝己宅を訪問した後に、原告勝己は自宅の土地建物以外の原告勝己所有の畑を担保物件にできないかと尋ねたところ、和泉は二億円程度の評価が得られるならどの土地でもいいこと、保証会社の評価が必要である旨伝えたが、原告勝己が自宅を担保にしていいと考え直したため、自宅の土地建物を含む本件物件を担保とすることになった。

和泉は、その後、原告のぶ子に対する二億円の貸出の稟議書を作成して決裁を仰ぎ、被告ダイヤモンド信用保証に対し、本件物件の担保評価を依頼し、いずれも実行可能である旨決裁を受けた。同年七月ころ、和泉は、木村から、原告のぶ子が被告三菱新宿支店から変額保険の保険料等支払資金の融資を受ける旨の連絡を受けた。そこで、同月一九日に被告三菱新宿支店の原告のぶ子名義の口座開設申込書を作成した。

同月二〇日には、原告らは、まず青山ファイナンシャルステーションの事務所に出向いて本件保険契約の契約書を作成し、その後、被告三菱新宿支店において、本件融資契約の契約書や保証委託契約書や根抵当権設定契約書を作成した。その際、和泉から原告らに対し、原告らは新宿支店から自宅が遠いので毎月借入れの書面を作成するために新宿支店に出てくるより今から約五年後までの利息分も同時に借入れをして総額二億円とした方がいいのではないかと勧められ、借入金額は二億円となった。また、利息分の借入金は利息を支払う際自動的に普通預金に戻り払戻手続が不要のMMCに預けられた。

(なお、証人和泉は、本件融資契約の契約書は原告宅で作成した旨供述しているが、原告勝己の供述と対比して信用できない。)

9  原告勝己は、本件融資契約の一年半以上後に、設計書1〜3に記載された金利より多額の金利が掛かっていることに不満を持ったので江田税理士に相談したところ、江田税理士から当初からの利息分の借入れは金利が余計に掛かるから損であり、また、同じ預金をするのでもMMCより利率の高い自由金利型定期預金で運用した方がいいというアドバイスを受けたので、江田税理士を介して右のような抗議、要求を被告三菱にしたところ、被告三菱は、自由金利型定期預金に変更した上、当初から同預金にした場合とMMCの利息分との差額を払い込む措置を採った。

10  本件保険契約の生命保険証券には、「死亡保険金または高度障害保険金は、基本保険金額と変動保険金額の合計となります。ただし、変動保険金額が負のときは、基本保険金額となります」との記載があり、「上記表は、特別勘定資産の運用実績を4.5%とした場合の例を表示しています」との説明のついた経過年数一年〜三〇年の解約返戻金額表が掲載されている。

(なお、原告勝己は、契約後右生命保険証券の解約返戻金額表を見て、木村に対し話が違うのではないかと苦情を電話で申し入れたところ、木村から、大蔵省の指導で掲載されたもので、実際の運用成績とは無関係である旨説明された旨の供述をしているが、証人木村の供述と対比して信用できない。)

11  借入金によって変額保険に加入することによる相続税対策と「PFプラン」という名称は株式会社ファイナンシャルステーションの角惇一郎が考案した。和泉は、本件融資契約以前に変額保険の保険料支払のための融資を三件担当したことがあり、うち一件は、昭和六三年ころ加入者が被告三菱新宿支店と取引があるので同店から融資を受けたい旨希望したため、木村が紹介したものであった。

目録五の保険契約は、本件融資契約の借入金ではなく、原告のぶ子が解約した定期預金の払戻金により保険料が支払われている。

和泉は、変額保険を相続税対策に利用することについては、当時木村の持っていた資料や説明等から個人的に知識を得ていただけであった。

12  平成元年九月末時点での被告アリコの運用成績は、昭和六一年一二月加入分は一年当たり一五パーセント台、昭和六二年一月〜三月加入分は同一一〜一四パーセント台、同年四月〜六月加入分は同八〜一〇パーセント台、同年七月〜九月加入分は同五〜八パーセント台、同年一〇月〜一二月加入分は同一〇〜一五パーセント台、昭和六三年一月〜三月加入分は同九〜一三パーセント台、同年四月〜六月加入分は同八〜一〇パーセント台、同年七月〜九月加入分は同八〜九パーセント台であった。

東京市場において、昭和六〇年九月には一万二〇〇〇円台であった日経平均株価(以下「日経平均」という。)は、昭和六二年一〇月には二万五七〇〇円台にまで上昇した後、同月一九日のニューヨーク市場の株価の暴落(いわゆるブラックマンデーの暴落)の影響を受けて、翌二〇日三八三六円四八銭安、下落率14.9パーセントという過去最大の暴落をしたが、翌日から一気に回復し、翌六三年一二月には日経平均三万円台になり、平成元年の大納会では日経平均三万八九一五円八七銭の市場最高値を付けるなど上昇基調を続けた。しかし、平成二年に入ると相場は下げ基調になり、同年八月には日経平均一万四三〇九円四一銭となるなど短期間に大幅な下落を示した。

また、首都圏の地価は、昭和六一年ころまで緩やかな上昇基調を示していたものが、昭和六一年ころから急激に上昇し、平成二年のピーク時には昭和六三年ころの地価の数倍に達するまでに高騰を続けていたが、平成二年後半ころから下落し始め、平成三年〜五年にかけて最高値の半値以下となるほど低落し、以後現在に至るまで下げ基調が続いている。

(株価及び地価の動きは当裁判所に顕著な事実である。)

13  変額保険は、我が国では、昭和六一年七月に大蔵省の認可を受け、同年一〇月から発売が開始されたものであり、保険契約者が支払う保険料のほとんどを特別勘定として株式や債券などの有価証券に投資し、その運用成果に応じて保険金額や解約返戻金額が変動する仕組みの生命保険である。従来の定額保険は、利息や配当金収入を中心として安定性を重視した運用を行い、運用成果が予定利率を下回った場合でも給付が保証され、運用のリスクは保険会社が負うのに対し、変額保険は、評価益や売買差益を含めた総合的な収益を追求し、経済情勢や運用如何によっては高い収益が期待できる半面、株価や為替相場などの変動のリスクを保険契約者が負う点に特徴がある。また、変額保険には、株式の評価益や売買差益を直接保険金額の増加に還元できるため、定額保険に比較してインフレによる保険金額の目減りを抑える機能があると言われている。なお、我が国では、遺族の生活保障という生命保険の役割に鑑み、死亡保障については保険金額に最低保証を設けることとなっている。

二  争点1(本件保険契約と本件融資契約は、暴利の目的等の事由により一体として公序良俗違反となるか)について

1  原告らは、被告アリコと被告三菱が本件保険契約と本件融資契約を「ペイ・フリー型相続対策」の名の下に相続税対策として一体のものとして原告らに対し勧誘・説明した事情があり、かつ、銀行員和泉の右説明に対する信頼を基礎として本件保険契約が締結されたものであるから、本件融資契約と本件保険契約は、社会的・経済的に不可分一体であり、暴利の目的、変額保険自体の脱法行為性、募集・勧誘の違法性等の各違法事由により、一体として公序良俗に違反し無効である旨主張する。

前示一3〜5のとおり、木村が保険料支払資金の借入れによる変額保険加入を「PF型相続対策」として勧めた事実は認められる。しかし、前示一6のとおり、和泉は借入れによる変額保険加入は借入れによって相続財産を圧縮する効果があることを説明したのみであり、被告アリコと業務提携してこの対策を勧めている等説明した事実は認めるに足りない。また、前示一11のとおり、「PF型相続対策」という相続税対策は被告アリコの代理店の関係者が考案したもので被告三菱が関わったものではないこと、被告三菱を木村が紹介したのは木村の勧誘した顧客の要望で被告三菱が変額保険に関する融資をしたことがあったからであること、和泉は、相続税対策に変額保険を利用することについて当時木村の持っていた資料や説明等から個人的に知識を得ていただけで、変額保険が相続税対策となる理由について詳細には認識していなかったものと認められること、本件融資契約による借入金以外の自己資金により目録五の保険契約が締結されていること、前示一5のとおり、契約直前の平成元年七月一〇日ころに木村が原告勝己に交付した設計書2、3と本件融資契約の借入金額が異なっていること等の事情に照らすと、被告アリコと被告三菱が借入金により変額保険に加入する顧客の相続税対策について業務提携をしていたという事実は認めるに至らない。したがって、被告アリコと被告三菱が本件保険契約と本件融資契約を一体となった相続税対策として勧誘した事実は認めるに足りず、原告らの公序良俗違反の主張は大部分その前提を欠くものである。

2  さらに、原告らは、本件融資契約と本件保険契約は、相続税対策の名の下に原告ら所有不動産の担保価値を利用して、被告アリコが被告三菱から巨額の一時払保険料を引き出し、被告三菱が原告のぶ子から巨額の利息金を収奪した上で、その運用リスクは原告らに一方的に負わせるという暴利の目的がある旨主張する。

しかし、借入金により保険料を支払って変額保険契約を締結することが相続税対策として有効かどうかは、将来の地価、将来の株式市況、銀行の貸出金利等の将来の経済の動向や相続の発生時期により左右され、本件保険契約と本件融資契約が相続税対策として有効かどうかは将来の経済全般の動向の予測に関わることである。そして、前示一12のとおりの地価や株価の動きの下では、平成元年七月ころの経済状況下で、本件保険契約と本件融資契約が相続税対策にはならないことが明らかであるとまで予測することはできないから、本件融資契約と本件保険契約を利用した相続税対策が暴利の目的で締結されたとの主張は採用できない。

税理士木内隆作成の鑑定意見書(甲四六の1。以下「木内意見書」という。)には、原告のぶ子が女性の平均寿命である八三歳になる平成一五年七月に相続が発生し原告のぶ子の所有する土地の価格が年平均五パーセント上昇したと仮定した場合でも相続税額は二七〇〇万円弱であり、原告のぶ子の手持ちの預金がおよそ四〇〇〇万円あったことを考えると平成元年当時特に相続税対策が必要であったとはいえない、年五パーセント地価上昇があったとしても二億円の借入れによる節税予測値は二七〇〇万円であるから、変額保険の解約返戻金が思惑どおりにいかない場合もあることを考慮すると、相続税対策として危険が大きすぎるから実行すべきではない、設計書3の運用成績年九パーセント、一二パーセントで二〇年後、三〇年後まで持続するという予測はいわゆるバブル経済と言われた当時でも異常な予測であるからこの予測を前提とした相続税対策は不合理である旨の記述がある。しかしながら、木内意見書は、将来の地価、株式市場の動向等によって本件保険契約と本件融資契約が相続税を節約する効果があることを否定しているわけではなく、ただ、当時の原告のぶ子の資産状況(ちなみに、この点を原告らは被告アリコや被告三菱に対し全面的に開示していたわけではない。)から判断して、投資リスクに見合った効果が得られないことから実行すべきものではなく、運用成績九パーセントや一二パーセントで持続するとの予測が当時としても異常なものであるという意見を述べたものにすぎない。そして、木内意見書の、運用成績九パーセントや一二パーセントで持続するとの予測が当時としても異常なものであるという点に関しては、右数値が予測数値として示されている限りにおいては、当該予測の当否については契約者の自由な判断に委ねられているのであるから、詐欺的であるということはできない。

三  争点2(変額保険自体が脱法行為であることにより、本件保険契約が公序良俗違反となるか)について

原告らは、変額保険は保険料を信託業務に投資するものであり、信託業務の兼業に当たるから、保険会社の信託業務の兼業を禁止する保険業法五条一項本文、信託法二二条、信託業法七〜九条等に違反すると主張する。

確かに、変額保険は通常株式等で運用される特別勘定の運用成績により解約返戻金や保険金額が変動することから、証券投資信託と類似した性質・機能があると言われる。しかし、その経済的効果や機能が類似しているといっても、変額保険は、被保険者に特定の保険事故が発生した場合に保険者に対し保険金を支払うことを約束する保険契約であって(特に我が国の変額保険には死亡保険金に最低保証が設けられている。)、信託の引受けではないから、右法令が直接適用になるものではない。また、前示一13のとおり、変額保険が定額保険と比較して評価益や売買差益を含めた総合的な収益を追求するもので、経済情勢や運用如何によっては保険契約者にとって高い収益が期待できるなど、その契約内容が保険契約者にとって一方的に不利益・不合理なものであるとは認めることができない以上、受益者保護法令の潜脱であるとはいえず、右主張は失当である。

さらに、原告らは、特別勘定の運用成績の計算方法が複雑で審査手段がないなどとして、変額保険は証券取引法五〇条一項三号の一任勘定取引に該当し同法の潜脱である旨主張するが、変額保険は、有価証券の売買取引等又はその受託につき顧客の個別の取引ごとの同意を得ないで売買の別、銘柄、数又は価格について定めることができることを内容とする契約ではないから、右法令が直接適用されるものではなく、特別勘定の運用成績の計算方法を検証する手段がないわけでもないから、右主張は失当である。

四  争点3(本件保険契約と本件融資契約の勧誘・説明に不法行為又は公序良俗違反と評価される違法性があるか)について。

原告らは、本件保険契約締結に至るまでの被告アリコ及び被告三菱の勧誘が、募取法違反や留意事項通達の禁止行為に該当し、又は信義則上要求される説明義務に違反する違法な勧誘があるから、本件保険契約及び本件融資契約は無効である旨主張する。また、勧誘・説明の違法が本件保険契約と本件融資契約を公序良俗違反とするに至らなくても、不法行為が成立する旨主張する。

そこで、違法な勧誘・説明がされた結果契約が締結されたものとして、詐欺や錯誤による意思表示の瑕疵を問題とすることなく、契約自体を公序良俗違反とする場合があるかについてはともかく、木村や和泉の本件保険契約と本件融資契約についての勧誘ないし説明が少なくとも不法行為を成立させる程度に違法性を有するものか否かについて検討する。

1  まず、変額保険の危険性についていかなる説明がされたか検討する。

証人木村は、昭和六三年一〇月ころ原告勝己に対し「老後保障、相続対策に最適な変額保険のしくみ」(丙一。以下「資料2」という。)を用いて説明した旨供述するが、資料2の中ほどに昭和六三年一二月一二日付け日経金融新聞の記事が含まれていることに照らし、信用できない。

しかしながら、証人木村は、資料2が社内研修用の資料であり、資料2記載の順番で説明するのが分かりやすいので、変額保険を販売する際には通常資料2に沿った説明をしていた、資料2と同様の標題の社内研修用資料は昭和六三年一〇月ころから存在したが、後ろの方に綴ってある新聞記事は最新のものと差し替えられている場合もある旨供述していること、資料2には日経平均株価が変額保険の解約返戻金と連動する、機関投資家が保険料を国内外の株式、債券で運用する旨の記事があること、原告勝己もキャピタルゲインの還元という言葉が出たことはあるかもしれず、また、保険料は生命保険会社が株式に投資して運用し、運用成績は株価の影響を受ける旨説明された旨供述していること(原告勝己一回、一四〜一五頁等)から、前示一3のとおり、木村は原告勝己に対し、変額保険の保険料が株式等で運用され、解約返戻金が株価の変動に連動するから株価の動きによって解約返戻金は払込保険料を下回ることもある旨説明したものと認めることができる。

2  次に、原告らは、木村は、原告勝己に対し、運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇していくはずで、将来の運用成績が借入金利を下回ることはなく、必ず解約返戻金で相続税の支払が可能である旨説明した旨主張する。

原告勝己は、右主張に沿う供述をし、その根拠として、設計書1〜3の「計画表」には、運用成績が九又は一二パーセントの場合の試算例だけが記載されている旨指摘する。

前示一4のとおり、木村は、原告勝己に対し、運用成績は一〇の後半から二〇パーセント程度であったときもあり、九パーセントや一二パーセントは控えめな数字である旨説明したものと認められ、さらに、証人木村は変額保険はいわゆる財テクではない堅実な商品であると認識していた旨供述しているところからすると、前示一12のとおりの当時の株価の状況やそれまでの株価の動きから解約返戻金が借入金を上回る可能性が高いとの見通しを持ち、原告勝己に対し、その旨説明していたことが認められる。

しかし、他方、木村は、前示1のとおり原告勝己に対し株価の動きによっては解約返戻金は払込保険料を下回ることもある旨説明したものと認められること、証人木村は設計書2において九パーセントの試算表を付けたのは当時の運用実績から言えば低めの数字のみを示して堅実な方向での見通しを示したかったからである旨供述していること、前示一5のとおり、木村が設計書3を作成し原告勝己に交付したのは原告勝己が運用成績年一二パーセントの場合を試算したものも見たい旨要望したからであると認められること等に照らすと、木村が運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇し必ず解約返戻金で相続税の支払が可能である等説明したとは認めるに足りない。

原告勝己は、木村が右のように説明したからこそ、安全確実な相続税対策であると思って契約した旨供述するが、原告勝己自身、当時の株価の状況やそれまでの株価の動き、地価の状況から、解約返戻金が借入金を上回る可能性が高いとの見通しを持ち、その見通しに従って本件保険契約を締結することは十分に考えられるから、右供述部分は直ちに信用できない。

また、原告勝己は、木村が保険料は銀行から借入れをし、利息も借入れするから身銭を切らなくていい、資料1の「PF」とは「ペイ・フリー」の頭文字のことであり、現金を支払わなくていいという意味である旨説明したので、必ず相続税対策になると信じた旨供述しているが、前示一3のとおり、木村は原告勝己に対し株価の動きによっては解約返戻金が払込保険料を下回ることもある旨説明したものと認められるのであって、「ペイ・フリー」の意味を右のように説明したからといって、必ず相続税対策になるとの断定的判断を示したものということはできない。

3  原告らは、和泉は、土地は確実に値上がりするから、根抵当権の枠も広がり金利分は更に借り入れることができ、借入金を自己資金で支払う必要はない旨断定的判断を示して本件保険契約及び本件融資契約の勧誘をした旨主張し、原告勝己も右主張に沿う供述をする。

原告勝己は、和泉が木村とともに最初に原告宅を訪れた際、木村が運用成績は一二パーセント以上で間違いなく解約返戻金が借入金を上回る旨の説明をし、和泉はこれに同調し地価が今後も間違いなく上昇し続けるはずだから不動産の担保価値は十分である、当初二、三年解約返戻金が一時払保険料を下回ることはあってもその後は解約返戻金が一時払保険料を上回って借入金利より運用成績が下回ることはない旨説明した旨供述する。

しかし、前示2のとおり、木村が右のような説明をしたものとは認めるに足りないこと、前示一6のとおり、和泉が木村と共に最初に原告宅を訪れた際には借入れによる相続財産の圧縮効果がある旨説明したのみであり、原告らが自宅の周辺に一〇〇〇坪程度の土地を所有していると聞いていたので、融資の条件は備っていると判断しその旨告げたとする証人和泉の供述とも対比して、原告勝己の右供述部分は信用できず、他に原告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

4  原告らは、木村には契約当時の被告アリコの運用成績について原告らに告知すべき義務があったと主張する。

しかし、変額保険の運用成績は、株式市場のように毎日上場された個々の銘柄の株価が日刊紙に掲載されるということはないものの、契約の一年経過後から年四回加入月ごとの運用成績が各営業所において閲覧に供されていた外、「日経マネー」等の雑誌に各生命保険会社ごとの運用成績が掲載されていたから、変額保険募集に際し、一般的に契約当時の運用成績を告知すべき義務があるとまでいうことはできない。また、原告らは、本件保険契約当時は運用成績は長期低落状況にあった旨主張するが、前示一12のとおり、平成元年七月ころは、いわゆるブラックマンデーの影響を受けた一時期を除いて株式市場は上昇基調を続けていた状況にあったことが認められるから、右主張は採用できない。

5  原告らは、本件保険契約と本件融資契約は「ペイ・フリー型相続対策」の名の下に一体のものとして原告らに対し勧誘・説明がされ、銀行員和泉の右説明に対する信頼を基礎として原告らが契約締結に至ったという事情の下では、本件保険契約及び本件融資契約は相続税対策として一体のものととらえるべきものであり、被告アリコには、相続税対策としての本件保険契約と本件融資契約の有効性や特に借入金によって加入された変額保険は借入金利を支払って余りある運用成績がないとマイナスになるという点で自己資金で加入する変額保険より一層危険性が高いから、保険契約締結に際しては融資一体型特有の危険性の説明が必要である旨主張する。

また、原告らは、被告三菱には、相続税対策としての融資一体型変額保険の融資契約を行う者として、被告アリコと同様の融資一体型特有の危険性の説明義務を負い、そこまで至らずとも、被告三菱には、変額保険の説明に立ち合い保険料の融資を行う者として、原告のぶ子が加入しようとしている変額保険の運用成績として示されている九、一二パーセントの数値が予想数値であり、元本割れになることも現実にあることを説明し、その場合にどう借入金を返済するのか注意を促すべき義務がある旨主張する。

しかし、前示二1のとおり、被告アリコと被告三菱が借入金により変額保険に加入する顧客の相続税対策について業務提携をしていた等の事実を認めることはできず、本件保険契約と本件融資契約を原告らの主張のように相続税対策として一体のものと評価することはできないから、契約当事者を異にする別個の契約について、融資一体型特有の危険性の説明義務なるものが被告アリコと被告三菱の双方にあるとする原告らの主張は前提を欠く。

そして、変額保険の保険料が株式等で運用され、解約返戻金が株価に連動し、株価の動きによっては解約返戻金が払込保険料を下回ることもあるということが説明されれば、借入金により保険料を支払って変額保険契約を締結する場合には、当然右借入金に利息が発生し、相続発生の際債務超過を生じないためには右借入金の金利より高い運用成績で保険料が運用されることが必要であること、右運用成績によっては、相続発生時には死亡保険金又は解約返戻金と借入残高の高低によって元本割れの可能性が生じ得ること、その結果借入金の担保である抵当権が実行されたりする場合もあり得るということは現実的な可能性として予測できるし、原告勝己においてかかるリスクを全く考えなかったとは考えにくいことである。

確かに、借入金で変額保険に加入する場合には、解約返戻金や死亡保険金の額の増減率は運用成績の数字と全く同じではないことから運用成績と借入利率を単純に比較して運用成績から借入利率を差し引いたものが契約者にとっての実質の利回りであるとは言えないなど、契約者にとってリスクが具体的に分かりにくい面が存在する。しかし、右の点を含めて、不動産を含む資産を所有している者及びその家族がどのような方策を採れば、将来どのような相続税節約の効果が得られるかということは、税法の知識はもとより、所有不動産の内容を始めとする相続財産の構成内容、家族構成、将来の地価や株価や金利等の見通し等を総合的視野に入れた高度に専門的な判断を要する事柄である。これらは、原告らが、税理士等専門家に相談するなどして、自己の危険において判断すべきことであり、原告らと被告アリコ又は被告三菱との間に原告らの総合的な相続税対策についての委託契約等があれば格別、変額保険の募集者や融資契約の担当者が契約者に対し説明義務を負うべきことではない。

6  原告らは、本件保険契約が多額の保険料を要し元本割れの危険性のある商品であり、本件融資契約の元金が大きく利息が高利であることと、原告らの収入、資産、年齢、社会的地位を対比すると、本件融資契約と一体となった本件保険契約は原告のぶ子にとって過大な危険を伴う契約であり、これを積極的に勧誘して締結させることは適合性の原則に違反する旨主張する。

前示5のとおり、本件保険契約と本件融資契約が一体であることを前提とする原告らの主張は採用できない。しかし、前示一13のとおり、変額保険は、証券取引そのものではないが、その性質が投資信託に類似し、定額保険と違って、株価や為替相場などの変動のリスクを保険会社でなく保険契約者が負い、解約返戻金や死亡保険金の額が特別勘定の運用成績によって変動し、運用成績によっては払込保険料を大きく割る可能性があるというハイリスク・ハイリターンの商品であることからすれば、変額保険の勧誘に際しては、証券取引と同様に右リスクに適合しない者を積極的に勧誘してはならないというべきであり、その不適合の度合いが高い場合には、勧誘が不法行為と評価されることもあり得るというべきである。

本件についてみると、前示のとおり、原告勝己は変額保険にはリスクを伴うことを説明されて理解していたと認められること、原告らが横浜市内に一〇〇〇坪程度の土地を所有していたこと、原告勝己は、最初に木村の訪問を受けてから八か月の間約一〇回にわたり木村から説明を受けて検討し、不明な点を質問する等していたこと、過去に相続税対策を兼ねて借入金により杉森ハイツを建築したことがあること、変額保険の説明を受け始めてから約七か月が経過した平成元年五月ころにも借入金担保の対象物件から自宅を外せないか検討していること、江田税理士にも相談していたこと等を総合すると、原告らが変額保険に不適合であるとは認められない。

7  ところで、留意事項通達には、募取法の趣旨を踏まえ変額保険募集上の禁止行為として、(1)将来の運用成績についての断定的判断を提供する行為、(2)特別勘定運用成績について、募集人が恣意的に過去の特定期間を取り上げて、それによって将来を予測する行為、(3)保険金額(死亡保険金の場合には最低保証を上回る金額)あるいは解約返戻金額を保証する行為を挙げている。前示一3、4のとおり、木村が原告勝己に対し、運用成績は一〇の後半から二〇パーセントで運用していた時期もあるから、九パーセントや一二パーセントは控えめな数字である旨説明したり、現状の株価を考えると、今後も右上がりに上がって行くのではないかとの見通しを述べた行為は、特別勘定運用成績について、募集人が恣意的に過去の特定期間を取り上げて、それによって将来を予測する行為として不法行為になるのではないかが問題となる。

思うに、留意事項通達が、運用成績につき募集人が恣意的に過去の特定期間を取り上げて将来を予測する行為を禁止しているのは、右行為が自己責任の原則の前提となる投資判断をゆがめるおそれがあるからである。本件において、木村は原告勝己に対し運用成績が株式市場の影響を直に受けることを説明していること、木村の説明は当時の株価を前提としていることが明らかであり、当時の株式市場はブラック・マンデーの影響を受けた一時期を除いて上昇基調を続けていたことを考慮すると、木村の右説明は、当時としては一般的に受け入れられていた見通しを述べたにすぎないものと認められる。したがって、これが不法行為になるとは評価できない。

また、原告らは、設計書1〜3が私製資料に当たり、私製資料を用いた説明は生命保険協会の自主規制により禁止されているから不法行為が成立する旨主張するが、生命保険協会の自主規制の趣旨は契約者保護のため自己責任の原則の前提となる投資判断をゆがめるおそれがある行為を禁止したものと解されるところ、本件においては、木村は原告勝己に対し運用成績が株式市場の影響を直に受けることを説明している上、運用成績九や一二パーセントという数字が予想数値にすぎないことは原告勝己に十分理解されていたものと認められるから、右資料を用いた行為が不法行為に当たるとはいえない。

8  以上のとおりであるから、本件保険契約及び本件融資契約の勧誘又は説明において原告ら主張の説明義務違反、募取法違反、断定的判断の提供等の違法な行為があったとは認められず、原告らの主張はいずれも理由がない。

五  争点4(本件保険契約と本件融資契約は錯誤により無効か)について

前示四2、3のとおり、木村と和泉が、本件融資契約と本件保険契約が相続税対策になる、運用成績は一二パーセントから間違いなくこのまま上昇していくはずで、将来の運用成績が銀行金利より必ず上回って解約返戻金で相続税の支払が可能である、五、六年すれば運用益を担保として契約者貸付けによる貸付けを受けられる旨勧誘をした等の事実は、これを認めるに足りないから、原告のぶ子に錯誤があるとする原告らの主張は理由がない。

六  争点5(本件保険契約と本件融資契約は詐欺によるものか)について

前示四1〜5、7のとおり、木村と和泉に原告ら主張の違法行為の事実は認められないから、本件保険契約と本件融資契約を詐欺によるものとする原告らの主張は理由がない。

七  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官小野洋一 裁判官仙田由紀子)

別紙<省略>

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